企業情報

ごあいさつ

代表取締役 石川道大

石川紙業の歴史は1902(明治35)年に、初代社長・石川道春(どうしゅん)が和紙原料商を創業したことにさかのぼります。明治初期に美濃市の開墾と治水事業に尽力した古田東逸(ふるたとういつ)を父とする初代社長の石川道春は、不屈のスピリットを受継ぎ、まちづくりに貢献しながら事業を拡大。今日の石川紙業の礎を築きました。2代目、3代目へと経営のバトンが引継がれる中で、試練や困難に直面しながらも、「和紙」を軸に業容を時代に適応させながら堅実にあゆみを重ねてまいりました。創業から1世紀以上が経過した現在は、和小物・美濃和紙雑貨の製造卸を手がけています。
当社のこれまでの歳月を支えてきたのは、家族や社員、美濃和紙と地域社会の絆であり、信ずるものに向かって誠実に取り組む企業DNAにほかなりません。脈々と流れるその精神を大切に守りながら、社員一丸となって社業に取り組んでまいります。今後とも一層のお引き立てを賜りますよう、お願い申し上げます。
石川紙業株式会社
代表取締役 石川道大 専務取締役 石川美子

経営理念

豊かな日本の心をプレゼント

日々仕事や家事、子育てに奮闘する愛情豊かな皆様へ。人生は、晴れあり雨あり天気のようで、四季ある豊かな日本の気候のようです。日々に安らぎや潤いを感じる時、まさに日本の心そのものに触れ、幸せを感じる時と思います。
私たち石川紙業は、ほっと心がなごむかわいい商品と誠実な仕事を通して、皆様の暮らしに幸福と笑顔をお届けし、ひいては平和に貢献することをめざします。

経営方針

石川紙業の外観

「お客様へ」私たちは、仕事と商品を通して、日本で暮らす日々の幸せを築きます。
「お得意先様」私たちは、「かわいい!」と「ロマン」を大切に、ともに利益を生み出します。
「仕入先様へ」私たちは、仕事と商品を通して、ともに発展する関係を構築します。
「社員」私たちは、プロの仕事と商品の発展とともに、夢の実現と楽しい人生を築きます。
「地域の皆様へ」私たちは、仕事と商品を通して、美濃和紙と美濃市の発展に貢献します。
「世界の皆様へ」私たちは、仕事と商品を通して、世界平和を築きます。

会社概要

社名 石川紙業株式会社
所在地 〒501-3721 岐阜県美濃市吉川町2382番地
連絡先 TEL 0575-33-0228 FAX 0575-35-1363
Mail shigyo@jt7.so-net.ne.jp
【営業時間】平日 8:30〜17:30 土日祝日休業
業務内容 和小物・美濃和紙雑貨の製造卸
代表者 代表取締役 石川道大
創業 1902年(明治35年)
設立 1949年1月(昭和24年)
直営店 美濃和紙雑貨体験ショップ石川紙業
〒501-3728 岐阜県美濃市本住町1909-3
直営店のホームページはこちら

本社・ショールームのご案内

ショールーム

ショールームについて

動物をかたどった愛らしい起き上がりこぼし「和紙ころころ」やおひなさま、干支人形をはじめ、石川紙業オリジナルの美濃和紙雑貨・和小物商品をご覧いただくことができます。見学をご希望のお客様は、お電話またはお問い合わせフォームよりご予約の上、ご来社ください。
<車でのアクセス>東海北陸道美濃ICより、車で5km10分
<電車でのアクセス>長良川鉄道美濃市駅より、1㎞徒歩10分

石川紙業の歴史

1世紀以上にわたり、たゆまぬ挑戦心と利他の精神で誠実に事業に取り組み、地域社会に貢献してきた当社のあゆみをご紹介します。

STORY. 01

石川紙業の根底に流れる古田東逸のスピリット

当社の歴史は、創業者である石川道春(どうしゅん)の実父で、美濃市の開墾と治水に尽力した古田東逸(ふるたとういつ)の存在なくしては語れません。
美濃市を流れる長良川水系の清流は「美濃和紙」という産業を育てましたが、一方で流域の人々の暮らしは、洪水との闘いの歴史でもありました。1876(明治9)年、古田東逸は人々の苦難を救うべく、同志3人とともに小俣川河川敷の開墾計画を立て、実現に奔走。この事業主体として興農社を設立し、自ら社長に就任しました。小俣川の開墾事業は大洪水と濃尾大震災によって幾度も頓挫しましたが、古田東逸は財産を投げ打ち、15年の歳月をかけて道塚堤防を築き開墾に成功。しかし事業半ばに資金難のため、息子の道春を石川家に養子に出したことは、苦渋の決断であったと思います。そんな古田東逸を支えたのは、郷土愛とたゆまぬ挑戦心、利他の精神であったに違いありません。
地域社会と手を携え、信ずるものに向かって不屈の精神で邁進する古田東逸のスピリットは、当社の企業DNAとして現在の私たちへ脈々と受継がれています。

清流長良川

道塚堤防から、清流長良川と山崎大橋を望む。

STORY. 02

和紙原料商として創業。石川道春の挑戦

石川紙業は、和紙製紙業を営む石川家の養子となった石川道春によって1902(明治35)年に創業されました。17歳という若さで創業した道春は、和紙製造の傍ら、全国で雁皮(がんぴ)、ねべし(黄蜀葵)などの和紙原料を商い、事業を拡張。有勢組(明治から昭和にかけて結成された美濃和紙業の有力者の集まり)に仲間入りし、後に全国雁皮集荷組合理事長を務めました。20年にわたり美濃町会議員としてまちづくりにも貢献した道春にとって、郷土の産業美濃和紙との縁は、強い郷土愛と事業家としての才覚が重なったもので、実父である古田東逸由来の不屈の精神で、事業を成功することができました。

石川道春と初代美濃市長

左:石川道春の写真 右:初代美濃市長石原泰一氏を囲んで有勢組(前列右から6人目道春、後列中央の眼鏡の紳士が石原氏)

石川道春と初代美濃市長

左:今も残る石川道春商店台帳 右:石川道春はこよなく酒を愛し、常に酒入りのひょうたんを身に付けていたという。

STORY. 03

「美濃に和紙あり」の評判を高めた謄写版原紙

石川紙業の2代目社長、石川茂(しげる)は父・石川道春が築いた和紙原料商の発展に勤しむ傍ら、戦中戦後の統制経済時代を乗り切るため、1946(昭和16)年より新事業として鉄筆原紙の開発を開始。研究熱心な職人気質であった石川茂は、寝食を惜しんで品質向上に努めました。そして謄写版の普及にともない、自社ブランドの鉄筆原紙「クインハート」を展開。多色刷りができる便利さと、4000枚以上の印刷にも耐えうる高耐久性で、「クインハート」は印刷業者様などに支持をいただき、当社はJIS(日本工業規格)の指定工場に認定されるまでに成長しました。

戦中戦後の様子とねべし

左:石川茂は、戦中戦後に疎開してきた親族や市民を多く雇用し社業に励んだ。(昭和23年頃の写真、前列左から2人目の子供が3代目道政)右:和紙原料のねべし(黄蜀葵)

鉄筆原紙「クインハート」

自社ブランドの鉄筆原紙「クインハート」の印刷耐久報告書と当時の広告デザイン。

STORY. 04

和小物・美濃和紙雑貨メーカーへの道

和紙原料商と謄写版原紙メーカーとして確固たる地位を築いた石川紙業でしたが、化学原料とタイプライターやコピー機の出現により、新しい事業の展開が必要になりました。3代目社長石川道政は新たな道を模索する中、美濃和紙を使った文具や土産物に着目し、和雑貨製造部門を創設。当社の商品は、1970年代のディスカバー・ジャパン旅行ブームの後押しもあり順調に売上を伸ばしました。これを契機として、自社の和紙加工技術を駆使して、日本の新しい和紙加工部門のさきがけとして、オリジナル商品の開発を進めました。1975(昭和57)年頃には、和紙原料や謄写版原紙、タイプ原紙といった往年の事業から、和小物・美濃和紙雑貨メーカーへと生まれ変わったのです。

石川道政とのれん

左:3代目石川道政は、往年のまちづくりの志実現のため、 1995(平成7)年、美濃市長に就任。5期18年5ヶ月市政を担う。うだつの上がる町並みの整備や本美濃紙・ユネスコ無形文化財登録などの功績が認められ、2015(平成27)年に市政60年で3人目の名誉市民の称号をいただきました。 右:1970年代道政が荷作りに汗した店頭には、今ものれんが輝く。

手仕事と懐紙入

左:当時の技術が今も息づいています。 右:当時から続くロングセラー「懐紙入」「ティッシュ入」「カード入」。

STORY. 05

そして未来へ

2006(平成18)年に5代目社長に就任した石川道大は、1世紀を超える会社の承継を単なる歴史と伝統の積み上げにとどめず、進化させていく契機ととらえました。それはすなわち、時代が劇的に変化する中でマーケットインの発想を強化し、海外も含めたより多くのお客様に喜ばれる商品を創出していくことを意味します。折しも2014(平成26)年11月には、本美濃紙がユネスコの無形文化遺産に登録され、和紙が世界的に注目されるようになりました。さらに2020年の東京オリンピックを控え、当社が手がける美濃和紙雑貨も各方面からお引き合いが増えています。しかし、根底に流れる当社の企業DNAが変わることはありません。石川紙業はこれからも「豊かな日本の心をプレゼント」を経営理念に掲げ、美濃の地で社員や内職さん、ものづくりパートナー、お取引先様とともに次代のビジネスに取り組んでいきます。

ギフトショー

全国のお客様とつながる東京インターナショナルギフトショー。2015年で連続15年出展続けています。

こけしと手仕事

左:人気を博するインバウンド商品の「こけし」。 右:昔も今もひとつひとつ誠実な取り組みは変わりません。
1902(明治35)年 初代社長の石川道春が和紙原料商を創業。雁皮紙、黄屬葵を扱い、美濃和紙業界の中核を担う。全国雁皮組合組合長、町会議員、商工会議所常議員を常任し、業界と町に尽くす。
1941(昭和16)年 原料商の傍ら、抄紙技術を生かした鉄筆原子の研究開発と製造を開始。謄写版の普及で鉄筆原紙は謄写版原紙へ発展し、自社ブランド「クインハート」を発売。
1949(昭和24)年 法人に改組。JIS(日本工業規格)の指定工場に認定される。
1957(昭和32)年 2代目の石川茂が社長に就任。1967年学校教材部門、和紙・民芸品部門を創設。
1982(昭和57)年 3代目の石川道政が社長に就任。「豊かな日本の心をプレゼント」を経営理念に、和雑貨製造部門を創設。
1995(平成7)年 石川道政の美濃市長就任に伴い、当時の常務が4代目社長に就任。石川道政は、小さくてもキラリと光るオンリーワンの美濃市を目指し、18年5カ月美濃市政を担う。後に旭日中綬章と美濃市名誉市民の称号を授かる。
2001(平成13)年 東京インターナショナルギフトショーへの出展を開始。美濃和紙を使ったオリジナル和雑貨が好評を博す。全国へ販路拡大。
2006(平成18)年 5代目の石川道大が社長に就任。社業の主体を美濃和紙雑貨を含む和雑貨へ拡大。
2014(平成26)年 インバウンド客向けの商品開発を開始するなど、美濃和紙雑貨のブランディングを強化。
2015(平成27)年 全国47都道府県への販売網を達成。月刊のカタログ情報誌「粋粋通信」が30周年を迎える。
2016(平成28)年 5月1日岐阜県美濃市うだつの上がる町並みに「美濃和紙雑貨体験ショップ石川紙業」開店。